信通叔父の晩年です。淡路阪神地震で、愛宕山の自宅が半壊しました。
これは、立て替えられた居間で撮ったものです。
青柳さん一家です。私は家庭教師でした。
いま健在でいるのは高校だった東一くんだけになってしまいました。

厚かましくも、サウジアラビア皇太子夫妻のレセプションにいきました。1960年11月12日、高輪閣です。
拝謁して驚いたのは、新聞でしか見ることができなかった上流階級の方々ばかりだったことでした。
高松宮殿下と家内とを同じ構図にいれることはかなり難しかったのと、生牡蠣が絶品だったのが印象的でした。
資料をみますと、Al Saud(アウド)国王は1982年に即位されています。もしかするとここに撮られていられる
皇太子が国王になられているのかもしれません。なぜ出席できたのかといいますと、父が勤めていました津田大学
から招待状が来たからなのです。「二人でいってみろ。英語で挨拶するだけでいいんだから」。犯人は父だったのです。
母(1970年くらい)、父(1985年くらい)

林原夫妻
(おばさん、おじさんです)
今、食べたいものがあります。おばさんのコッペパンとお味噌つけです。
できたら、ちゃぶ台の上で食べたいです。年ってすごく速いと実感しています。
”総長(別名は曹長)”です(理学部2号館のボスでした)
朝、教室が寒い日はストーブ(石炭)をたいてくれました。
下町のベランメー口調でしたが、内実はとても優しい人でした。
長女が4才半、一ヶ月の長男です(1970年)。
私は、厚生技官でした。インターフェロンなどを研究していました。
2004年のいまは、
長男です。「多光子励起溶液反応と機構の解明」を研究中だそうです。
100%理解できません。
長女は生化学で仕事をしていますから、ある程度はわかります。でも、新しいことはチンプンカンプンです。

柴田 香です。来年は小学校です。
河野 有哉くん(20月)です。
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