アメリカでの生活

最初に住んだ小さな家です。
スミス夫妻がよくメインテナンスしていただきましたが、5月になってあまりの暑さにまけて、
転居しました。たくさんの栗鼠ともお別れになりました。20年位まえ昔の場所にいきましたら、
住宅街に変っていました。大きなハナミズキも、杉の林も、動物達も、なくなっていました。


Dr Joseph E Smadel

ロックフェラー財団の援助でメリーランド州ベセスダにあるNIHという研究所にいきました。1962年冬でした。
上司として、また頼りがいのある師匠として十ヶ月を過ごしていました。ところが、ある日、呼び出され「僕は膵臓癌だ。
間もなく死ぬ。書類を渡すからこの研究所のフェローになりなさい。もう一年いられるわけだ。」と淡々といいました。
彼は無神論者でした。然し、根底にはアイルランド系アメリカ人特有の”自然観”があったと思っています。
尊敬できる人を一人あげるとすれば、まずスマーデル氏、になります。


楓の色があまりにも鮮やかでしたので撮りました。右の子供達は渡し舟の中です(1963年)。

42年前、ワシントンD.C.のドラグストア
電車のレールが残っている地域がありました。



ボストンの博物館で”大東亜共栄圏”を見たのには驚きましたね。
当然のことですが塗り替えているでしょう。ただ「ガラス細工」ですから大変な作業じゃないかな。


ケネディの葬儀はキャピタルで行われました。

ナショナル空港に着いた池田勇人首相


カー・シアターって知っていますか?


朝のミサ


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